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地方中学理科教師/アクティブ・ラーニング/『学び合い』/アドラー心理学/コーチング/

「親戚のおっちゃん」

 先日のSORAの会で、上越教育大のゼミ生の方が西川純先生のことを「親戚のおっちゃん」と表現した、というお話をF先生がご紹介された。このフレーズはとても印象的で、その後の懇親会などでもひとしきり話題になった。

 この「親戚のおっちゃん」という表現は、(あの西川先生のことを「おっちゃん」呼ばわりしている!という)ネタ的な面白さだけではなく、なかなか含蓄があって示唆に富んだ表現のように思う。自分の中での「親戚のおっちゃん」というのは、

  • 年に1、2回しか会わない
  • いつも上機嫌(法事とかで会うので大抵酒が入っている)
  • 可愛がってくれてお小遣いをくれたりする(よくFacebookなどには自分の甥っ子や姪っ子を可愛がる写真などがアップされているが、そういう親戚の子というのは、妙に可愛く思えたり世話を焼いたりしたくなるものなのだろう)
  • 何だかよくわからない仕事をしているなど、ちょっと憧れの存在だったりする

といったイメージがある(かなり個人的な経験を含んでいる気もするが)。つまり、直接的な利害関係にない一方で付かず離れずの関係、と言えるのではないか。縦の関係とも横の関係とも少し違う、「斜め上の関係」という表現が一番しっくり来るかも知れない。

 例えば、これが「父親(母親)」だとかなりニュアンスが違ってくる。父親や母親は、子供にとっては一番近い存在ではあるものの、常に評価を下す存在でもある。褒められたり怒られたりなど、強烈な利害関係にあると言える。

 かと言って、ただの「他人」では決してない。距離を置きながらも、困ったり助けを求めたりしていないかを常に見守っていてくれる存在であることが大切なのだ。

 

 最後の夏の大会が終わり、今月から部活動は新チームに切り替わった。新チームは「県大会出場」という新たな目標を掲げ、旧チームから導入した部活動内委員会を継承しつつ、心機一転頑張ろうとしている最中である。自分は顧問(=「ある組織に関与し、意志決定を行う権限を持たないが、意見を述べる役職やその役職に就いている者」byWikipedia)として、あくまでも見守る=「親戚のおっちゃん」の役回りに徹することを心がけている。

 まだ始動して間もないだけあって、練習の手際とか声の大きさとか、口を出したくなる部分は正直多い。ここで顧問が怒ったり細かい指導をしてしまうと、いつの間にか生徒たちにとって顧問が評価の主体であるというヒドゥン・カリキュラムが培われ、悪く言えば顧問の顔色を伺うチームになってしまう(「県大会出場」という勝負事に関する目標を掲げている以上、評価は大会や練習試合などを通じてされるべきであるはずだ)。その一方で、決してただの放任ではなく、「いつでも見てるで」「何かあったら言ってや」という距離感は保っていきたいと考えている。

 

 クラスや授業は夏休み中なので、まずは部活動において「親戚のおっちゃん」であり続けることを目指したい。