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むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに

「好きなようにしてください たった一つの『仕事』の原則」楠木健

  

好きなようにしてください―――たった一つの「仕事」の原則
 

 

 昨年読んだ教養書の中でベストだったこの1冊が、また無性に読みたくなったので再読。内容は進学や就職・転職、キャリアについてのお悩み相談に対する回答集。「好きなようにしてください」とは一見無責任な回答のようだが、補足を入れるならば「まずはきちんと理屈で考えて、でも100%理屈だけで答えが出る訳じゃないから、最後の最後はあなたの好きなようにしてください」といったところか。

 再読を機に印象深いフレーズを備忘録的にメモ。

 

僕が問題にしているのは、内実と環境をすり替える愚です。言うまでもないことですが、結果の良し悪しを左右するのは環境ではなく、その人が実際にどういう勉強をしたのか、個人としてどの程度受験勉強の能力があるのかにかかっています。それなのに、進学する高校を選択する時に、よい環境に行くと半ば自動的によい結果が得られる(悪い環境に行くともうそれでよくないことになる)と思い込んでしまう。(p.4)

 進路指導をしていてつとに感じるのは、多くの受験生は「この世のどこかに自分にとってふさわしい『いい学校』があり、その『いい学校』に行くことで『いい生徒』になれる」というストーリーをイメージしている、ということだ。実際に高校側も、「うちの高校は何%が国公立大学に進学していますよ」などと、主に環境的側面しかアピールできないのだから無理もないのかも知れない。そこでよく生徒に話をするのは、「『いい学校』というのは『いい生徒』のいる学校である、だからあなたの通う学校を『いい学校』にしたかったらあなた自身が『いい生徒』になる他ないですよ」ということだ。でも自分の人生を振り返っても、過去に高校や大学を環境で選んできたと言えるので、受験生の気持ちは嫌と言うほど分かる。

 確かに「立場(環境)が人を変える」こともある。しかし、環境は十分条件であって、必要条件ではないということだろう。

 

 一番大切なのは、部下の評価という仕事と正面から向き合うということ。(中略)上司にとっては大変にキツい仕事ですが、ここは手数と時間を惜しんではいけません。

 部下の評価は上司の仕事の中核です。部下を評価できての上司。評価なくして育成なし、です。しかし、相談文から察するに、あなたはその仕事のど真ん中のところがないがしろになっているのではないでしょうか。(p.56)

 上司と部下という関係性とは少し違うが、アクティブ・ラーニングを実践していると、教師の仕事は突き詰めていくと「適切な評価」以外にないのではないか、と思う。適切な評価とはどうあるべきなのか、評価って難しい…と最近特に思っていたけれど、「簡単な評価」というのはそもそも形容矛盾だということだ。その評価ももちろん教師側から一方的に行うのではなく、評価自体も主体的・対話的で深い評価にしていかなければならない必要性を強く感じる。

 

「結婚に重要なことは三つしかない。第一に我慢、第二に忍耐、第三に耐え忍ぶ心」(p.80)

 この金言は、「結婚は困難である」という認識をデフォルトにしましょう、という内田樹先生の考え方と一致する。

 

実際のところ、誰も頼んでいないのです。われわれは(少なくとも平安時代の日本や現在のシリアと比べれば)豊かで自由な社会に暮らしています。根本のところから誰からも頼まれていないし、誰も矯正していない。一定の義務さえ果たせば、自分の自由意思で生きることができる。(p.123)

 この辺りの考え方はアドラー心理学に相通ずるものがある。私もよく、変なこだわりに縛られている生徒に「あなたは○○をしなければならない呪いでもかかってるの?」という声掛けをすることがある(「呪い」の部分を「先祖代々からの言い伝え」に言い換える場合もあり)。

 よく考えたら、「好きなようにしてください」という回答そのものが、アドラー心理学でいうところの「課題の分離」ですね。

 

質量ともに一定水準以上の「努力」を継続できるとすれば、その条件はただ一つ、「本人がそれを努力だと思っていない」、これしかないというのが僕の結論でありまして、これを私的専門用語で無努力主義と言っています。(p.164)

 再読して最も衝撃を受けた部分。その一方で、学校という場所は正に「努力至上主義」。努力を過大評価して努力に邁進する生徒を育てることに躍起になっているが、このある種の根性論的な教育によって、どれだけ個人レベル及び社会レベルで生産性を損ねているのかと考えるとゾッとしてしまう(自省の念も含めて)。

 

 この他にも付箋を貼ったページは数知れず。定期的に読み返したい1冊となった。そして何より、楠木先生の手厳しいながらもウィットとユーモアの滲み出る筆致が素晴らしい。こういう風に文章を操れる人間になりたいものです。